
顕界と霊界に霊的進化と調和がもたらされ、この世に神の国が実現されますように
![]() |
![]() |
震災に遭われました方々のご冥福、安寧、
一日も早い復興をお祈りさせて戴いております。
光の言葉
■ 戴いた命を全うさせて戴いたらよい ■
私が「何時死んでもええように毎日して行けば良い」と言ったんです。 そしたらお代様が「あんた今日偉いこと言うたねえ、簡単に」と仰いました。 だけど簡単ですよねえ。言葉はね。私はそう思っているんですよ、昔からね。 ・・・・皆さん「あの時はああすれば良かった、ああもう仕様がない、あんなこと言わねば良かった」などと、思いになることがあるんかも知れんけれども、私はそんなに思っていないから、自分だけ呑気でええんかもしれないけれどもね。だからいつ死んでも、、、一遍に纏めたら大変じゃけど、毎日毎日を悔いなく、することをさして戴いていればいい。、、、遠い向こうの方を考えんことね。毎日毎日をね。
「清光先生の思いで」より 清光先生の言葉
■ 神様にお任せする ■
信仰というのは、本当に神様に一切をお任せできたときに、本当に心が安らかになって、何が起きても別にビクともしないのです。・・・ 神様に生かされていることが分かる事が、まず信仰の第一番に本質的な事なのです。・・・ いつも命を神様に預けておまかせしていたら、良いことが起きても悪いことが起きても平等にそれを受け入れられるようになる。すると、カルマというのは自然に神様が解いて下さるのです。悪いから悪い、良いから良いという「小さな自分」があるから、良いこと・悪いことというふうに選択するけれども、良いことも悪いことも必要だから、その人の魂が成長するために必要だから神様が下さっている。
「光の便り」第206号 宮司様ご講話より
■ 本来の人間の魂 ■
皆さんが何かしようと思ってやったからといって、必ずできるとは限らないでしょう。大抵できないことの方が多いと思うのです。ところが『我なき我』に目覚めたら、これをすれば皆を助けることができる、と強く思って努力していると、自然にそれを成就できるような智慧と、創造力というのが、皆を愛する大きな愛の力で自然に備わってくるのです。そういう状態が本来の人間の魂だから、そういうものに目覚めよ、といつも神様は教えて下さっているわけです。
「光の便り」第118号 宮司様ご講話より
■ 超作について ■
何かを作る、何かを考える場合には、夢中になって作ったり考えたりしていると、自然に物そのものと一つになって、物を自分のなかに包めるような人間になる。それは、夢中にならないと出来ないのです。「する自分」があったのではだめなのです。瞑想だって、「自分」が瞑想していたのではだめですよ、「瞑想すること」だけになってしまわないと。そういうふうになると、超作になるのです。
「光の便り」第244号 宮司様ご講話より
■ 愛の心 ■
人間にとって一番大事なものは魂の成長なのです。それには愛と知恵と勇気と何ものにもとらわれない自由というのがないと、人間は成長できない。自分のすることが人の役に立つようにと思う、それが愛の心ですが、こういう愛の心で行為していると、その行為はいつの間にか、自然に、人の役に立つだけでなく自分をも同時に成り立たせてくれる。
「光の便り」第106号 宮司様ご講話より
■ 主客合一 ■
主客合一しよう、対象物と一体になろうと思ったら、その対象物と一つになるというのはね、上の次元で合一は起こるのですけれどけれども、今対立している次元でとにかく働きかけ、こちらも相手からの働きかけを十分に受け入れ、何とか理解し、働きかけようという努力がなければ、そういう上の次元での合一というのが起こらないような仕組みになっているんですね。
「光の便り」第109号 権宮司様ご講話より
■ 無限大にも変わる ■
この世的な低いとか高いとか、少ない多いとかに執われないで、今、自分が与えられて十したらいいだけならば、十だけの仕事を打ち込んでする、そうしたら十が、突然、魂の世界で目が覚めたら、何兆にも無限大にも変わるように思うのです。
「光の便り」第105号 宮司様ご講話より
■ 偶像 ■
「神様」を求めても、自分が作り上げた偶像ーー偶像というのは何も木の像とか仏像ばかりが偶像ではない、偶像は自分の心の中にあるのだからーー自分の心の中にある偶像を拝み続ける限りは神様にはなかなか手が届かない。自分も人もまずは感情で答えを出していて、理屈は後から付けているんだと言うことに気が付いて自覚してくると、拝んでいる神様が自分の心の偶像だったなあと気が付いてくる。そうすると偶像ではない、偶像とかから離れた神様に少しずつ目が行くようになってくる。そういうところで神様を求めると、神様が降りてきて引っ張って下さる。
「光の便り」第108号 権宮司様ご講話より
■ カルマを乗り越えるために生まれてきた ■
人間の一番大事なものは魂なのです。魂さえしっかりして、神様の愛と知恵と自由へと近づく努力を重ねてカルマを超えられたら、幸せにそして健康になれるのです。魂がいろんな悪いカルマ積んでいれば幸せにはならない。というよりは、その人が前生で行った行為によって今が決まるのであって、今生は、そういうカルマを乗り越えるために生まれてきたのですから、前生に引きずられて、自分のためだけを考えないようにしないといけない。
「光の便り」第106号 宮司様ご講話より
■ 本物の宗教 ■
人間が自分の欲や感情が中心になって動く次元から、霊的に目覚めていくようにすることが、これからの人類にとって一番大事なことなのです。宗教も、ありがたいお陰を戴けるだけの宗教のあり方では、だめなのです。本当に魂に目覚めることを教え、人間を、自分の欲や感情に動かされる次元から超えて、他と共存できる、愛と知恵と創造力にみちた魂の次元へ導いていける宗教が必要なのです。本物の宗教というのは霊能ではないのです。
「光の便り」第248号 宮司様ご講話より
■ 本当の救い ■
良くても悪くても自分を持っててね、自分から出られない人は、本当は救われないんですよ。神様は一生懸命お祈りすれば、御力を与えて下さるし、助けて下さるけども、本当に自分が捨てられない限りは神様の所へ行けない。要するに人間があって神様が助けて下さるという関係でしかないわけだ。本当に成長して、悟りに到ることはできないのです。
「光の便り」第248号 宮司様ご講話より
■ お行とお祈り ■
我々にとって大事なのは、我々の行為は全てカルマの世界の中にあるんだということを前提にして、カルマの世界から抜けていくためには如何に具体的に実践的に行動していくか、ということです。執着につながることをせず、執着を超えるようなことをするためには、我々自身が実践的なそういう選択の目を養っていくよりしょうがないのです。そのためには、お行とお祈りというのが大変効果的です。
「光の便り」第96号 権宮司様ご講話より
■ 神様と一つになれる ■
誰でも、パッとそれを突き破って、神様にもう死んでも生きてもお任せして。一切の自分の在り方をいつでもぱっと完全に捨てることが出来たら、自分を支えて下さっている神様の、形のない殻のない、そういう力がワーッと中に入って来るから、いつでも神様と一つになれる。今だってそうなのです。どんな瞬間にも、そういう可能性がみんなあるのです。
「光の便り」第93号 宮司様ご講話より
■ 諭し ■
人間が人間を超えたものがあって、人間の根底にそういうものがあって、人間が本当に成り立っているんだと気が付くのが宗教だから、そういうところまで進んで欲しい。
教話集より
■ 執着する自分 ■
今の自分がすべてだと思い、それをいつまでも保とうとするのが人間である。
何でも自分がしていると思ってはダメなんだよ。自分なんてもともとないんだから。
宮司様 朝のご講話より
■ 最善を尽くす ■
都合の良いことは受け入れて、都合の悪いことを受け入れないのは、最善を尽くして演じていることにはならない。
逃げるのでもなく、飛び込むのでもなく、良く知って受け入れ、超えることが大事。
本山博 教話集より
■ 親子の絆 ■
親子としてお互いに生きぬいていく事によって、親子として生まれてくる程に深い因縁も消えてゆく。
この世的な意味で看病したり何かをするのも非常に大事だけれども同時に見えないところで本人の為に一生懸命お祈りしてあげることも、もっと大事だよ。
親子が仲良くなると言うことは、時には病気が治る治らぬよりも、もっと大事な事である。
本山博 教話集より
■ 区別を超えた世界 ■
善・悪ということについては、人間の立場で言えば、良いとか悪いとかいうことがあるわけですね。しかし、人間というのは「自分」を持っている。国も「自分」を持っている。それから地球も「自分」を持っている。だから、自分の益になるものは善くて、自分の存在を滅ぼすようなものは悪いのです。--中略--では、本当に悟った世界というのはどういうのかと言うと、良いとか悪いとかではなくて、皆を生かす、良いのも悪いのも共に生かす。善なるものその善をさらに進化させ、悪なる者は其の悪を自覚させる。-----そのために、悪いことがその身に次々生じる、霊界でもこの世でも-----、そして愛に生き返らせる。このようにして、善者も悪者も、基本はすべて神の愛によって創られ、生かされている、それを助けるのが聖者なのです。つまり、善い悪いを超えたところへ行かないと悟れないのです。
「光の便り」第269号 宮司様ご講話より
■ この世で行をする意味 ■
物の世界の「物」というのは、自分の個を破って個を超えた世界に入っていこうとする力に、魔的な力で、それを妨げるのです。しかしそういう物の力、自己凝縮の力というのがないと、全ての一つ一つの存在、地球であろうと星であろうと、人間であろうと虫であろうと、存在できない。その力は悪でも何でもないのです。それがないと、全ての存在は成りたたないのです。----中略----そういう力を真に乗り越えていくためには、この世に生まれて物に執われないで、物をコントロールする力を得ないと本当の悟りは開けないのです。----中略----それで、神様が(個としてのある魂が)霊の世界で行をして、ある程度行ができたら、この世の中に戻って来て、物という、魔的な力、自分だけがよければいいというものの力を受け入れて、それをも魂が包んで、つまりものの力も包んで、その上で、そこから自由になれるように、すなわち本当の悟りが開けるように機会を与えて下さっているのが、この世なのです。
「光の便り」第269号 宮司様ご講話より
■ カルマを受け入れる ■
何が起きても自分のせいである。
それを他人のせいにするのは弱虫である。
カルマはその意味では絶対的応報であり、絶対的正義であるといえるのです。
本山博 教話集より
■ 愛 ■
本当の愛をもっている人は
自分がなくて
いろいろな人になれる人である
自分だけの立場でものを考えないように
広さをもった人間に
本山博 教話集より
■ 超作 ■
超作ができるようになれば
「日々是好日」といった心境になる
本当に智慧が湧いてきて
したいと思うことが自由にでき
神様とのつながりにおいて天寿を全うし
あの世に行ってもまた十分に物事ができる
本山博 教話集より
■ 神様の真似 ■
神様は皆をつくってくださり、生かしてくださり、さらに皆を神様のところへ引き上げて下さるように、皆の中で皆と一つになって働いて下さっている。
その神様の真似をすればいいと思います。信仰といっても他にはべつに何もなく、ただこれだけが一番の基本なのです。
「愛と超作」より
| | 神社由来 | 御神訓 | 教義解説 | 宮司紹介 | 諸施設 | | ||
| 教祖御影 | 御教歌 |教祖生誕100周年での講話、他 | 年譜(pdf) | |
||
|「光の便り」抜粋 | バックナンバーリスト | ご購読について| | 第276号 信者の広場「海を渡った折り紙」・原文訳文| |
| 2012年度日程 | |||
| 1月の行事 | | 元旦祭 | 福引き | 鏡開き | |
||
| 2月の行事 | 権宮司 霊的成長の為の「15条の御神訓」講座| 世界平和の瞑想(権宮司) | 根府川世界平和の祈り(杉江先生) | |
||
| 本山一博ワークショップ | |||
宮司 本山博の新刊・DVD
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
井の頭玉光神社 MAP (吉祥寺駅からの道順) |
| ご希望の方には玉光神社案内をお送りします。必要事項入力しご送信ください。 | ||
| 玉光神社 | 〒181-0001 東京都三鷹市井の頭4-11-1 地図MAP | |
| 社務所受付 | TEL 0422-48-4495 FAX 0422-48-4533 e-mail info@tamamitsujinja.or.jp |
|
関連サイト