『存在と相互作用の論理』に学ぶ ~他者との協調による霊的成長〜

平成22年6月23日 月次祭 権宮司様のご講話より

権宮司様 

宮司様の書かれた本の中でも『存在と相互作用の論理』というのは難しい本でして、読んでもなんだか呪文みたいで、何が書いてあるのかよく分からない。 その『存在と相互作用の論理』の123頁、「c.カラーナの魂間の相互作用」というところがありまして、これが著作集ですと、第9巻の520頁ですね。 ここだけ読んでみましても、なんだかほんとによく分からない。 呪文のような言葉の羅列みたいな気さえする。 でも、本当は厳とした論理的な論文なのです。 ですから、ここを読んでみまして、どういうことを宮司様がここで教えてくださっているのかを、『御神訓』などと照らし合わせながら、お話ししようと思います。

 『存在と相互作用の論理』の中の第3章、「種々の存在次元における存在と相互作用の論理」という難しい題名のところなのですが、著作集の520頁を読みましょう。 (単行本『存在と相互作用の論理』では、123頁、「種々の存在次元における存在と相互作用の論理」” c.カラーナの魂間の相互作用”)

 「したがって、個別的カラーナの存在間で相互作用が生じる。 この相互作用には、アストラル下界の相互作用のような無関係という関係や、物理的次元の存在間の、厳しい対立関係はない。この相互作用を通じて、互いに異なる分野の存在の形体的構造とエネルギーの働きと、各存在を根本的に成立せしめる各存在の本質的真理(イデア)を知的直観しつつ、各分野の存在の真理を包括するより高い次元の真理に到達する。 このような協調的、包括的相互作用によって、各カラーナの魂の区別性、存在制限が否定されて、より高い次元の神我の領域に達しうる。同じ分野の真理の知的直観において働くカラーナの魂は、相互作用を通じて知的直観の内容が一致し、より高い次元に上りやすい。」何が書いてあるのでしょうね・・・・・・これは僅か数行なんですね。 頁にすると、頁の僅か半分にしかなってない部分なんです。この難しい数行の部分についての話をここでしようという訳は、この部分が、実は私たちが霊的成長するには、私たちの現実の生活をどう生きたらいいのか、ということを教えて戴いている箇所だからなのです。 この難しい言葉が、いったいわれわれの日常生活にどう関係があるのかということですね。

 「したがって、個別的カラーナの存在間で相互作用が生じる。」

 「個別的カラーナの存在間」というのは、要するにカラーナの次元にいる個別的な、つまりひとつひとつが別々の個である魂、霊ですよね。 カラーナの霊、二人、三人、四人とカラーナの霊がいる。 それの間の相互作用、つまりやりとりとか、働き、働きかけがある、そういうことですね。 そして、その働きかけは、この世の人間同士のような、基本的に対立関係にある中での働きかけとは違うし、アストラル下界の霊が、自分の感情や欲望の中におちこんでいて、互いに相手を認めて働きかけあうことができない没交渉、無関係というものとも違うと、これに続けて書いてあります。

 「この相互作用を通じて、互いに異なる分野の存在の形体的構造とエネルギーの働きと、各存在を根本的に成立せしめる各存在の本質的真理(イデア)を知的直観しつつ、」

 これはどういうことなんでしょうね。……宮司様のおっしゃるところによれば、カラーナの魂の働きというのは、この物理的な世界とか、アストラルの霊界(要するに普通の幽霊の世界)、そこにあるいろんなもの、それらの本質を直観する。私たちは物事の本質をそのままは観られないんですよね。 ある人についても、目で見て、「あ、この人白髪生えているな」とか、あるいは「やせているな」とか、そういう目で見たことについて、また、話を聞いて、声を聞いて、「やさしい声をしているな」とか、そういうのから、「この人はこんな人だろう」というふうに推論する。 つまり感覚を通して得た情報から推し量るわけですね。ところがカラーナの魂は、自分の感覚を通して得た知見を総合して推し量るのでなく、その人、ないしはその事物を成り立たせている本質を知的直観する。 要するにそのものの本質をそのまま観て理解する。 何かを通して理解するのではなくて、本質をそのまま摑むというわけですね。
以下略