今日も、遠いところから、ほとんど北海道から九州にいたるまで、日本中から大祭にお詣りにみえました。 御本宮というのはやはり聖なる場所ですから、境内に入るだけでいろんなカルマが解けてくるし、その人にとって非常に大事なことが成就していくように思います。 今日は、妙光之神様のところでお詣りしたら、「よくお詣りしてくれてありがとう」っていうお言葉を下さいました。 ありがたいなあと思います。 神様の愛とか智慧とか創造力とかというものを、実際に母(妙光之神様)はよく感得、直観、理解して、信者さんの、Aという人が来ればAという人に合うように、神様の道をどうやったら進んでいけるか、あるいは神の愛を実現できるようになれるか、それを通して霊的な成長ができるようになるかというのを、Aの人にはAの人に合うように、Bの人にはBに合うように、Cの人にはCに合うように、導いて下さいました。 神様の愛というのは、皆を包んで生かして下さっているけれども、それはA、B、Cそれぞれに、同じようにその力、愛を送って下さっているのではなくて、A、B、Cそれぞれの人が、最もその特長とする能力が発揮できるように、神様はいつも導いて下さっています。 だから、「みんな一様に」というわけではないんですよ。 一様にでないけれど、その一人ひとりがちゃんと成長できるように、もっとも適切に成長ができるようにして下さっている。 そういう意味では、皆、平等なんです。 神様の前ではそういう意味で平等なのです。 この平等っていうのは、皆に同じようにA、A、Aではなくて、AはA、BはB、CはCとして認めてなおかつ神様のところへ成長できるように導いて下さっている。 それが本当の愛だと思うんですよね。 私ももう今年で八十四になるわけですけれど、デューク大学へ五十年くらい前、講師兼研究員ということで、招かれて、給料を貰って行きました。 その当時は日本の学者がいろんな海外へ行く時には、文部省の方からお金が出て、それで二年か三年か留学して戻ってくるか、学生はフルブライトとかドイツの試験、そういうものに受かってお金を貰うという形で行ってたんですけれども。 給料を貰って大学の教師あるいは学者として行くというのは、五十年くらい前には、非常に珍しかったように思います。 それからもう大方五十年になりますから、その間にアメリカやヨーロッパのいろんな国の大学、インドの大学、あるいはカナダのいろんな大学など、いろんな所へ行って、どちらかというと主に東洋よりも西洋的なところで主に講演をしたり、論文発表もしました。 一番最初に書いた論文はドイツ語で書いたものですが、それがユネスコの賞をもらう基本になったと思いますが、二十五位の時に、神様との合一の体験を得て書いたのです。 ドイツ語は、哲学科の時に習ったものですが、その頃はドイツ語を聞いただけで涙が出るほど、懐かしい感じがしてた。 これは前生との繋がりもあるのだと思いますね。 それで、この五十年ほど、日本から離れたような生活も多かったのですけれども、先日、ハワイから日本へ日航で帰ったときに、今は大体七時間半くらいかかりますが、一万二、三千メートルの高さを飛んでいる時には、空が本当にきれいなのです。 空の色が、自分の体から抜け出て宇宙の方にあがって行った時に感じる感じと(飛行機ではたったの一万二千メートルくらいの高さしかないが)どこか通うものがあって、性に合うっていうんでしょうかね。 その時に、しばらくしてから「歌でも聴きたいな」と思って、西洋のクラシックとかいろんなものを聴くけれど、どうももう一つぴったりこない。 それで「日本の歌」というプログラムの中に、「日本の演歌」というのが十曲ぐらい入っていた。 実は演歌というのは、それまでは、「なんだ演歌か」という感じで聴きたいと思ってなかったのに、この時はその演歌を聴いたら、涙が出るほどに嬉しいというか、共感ができたのね。 それで、「ああ僕はやっぱり日本人なんだな」と思った。 日本に帰ってきたら、外国で食べるより日本食がおいしい。 吉祥寺駅ビルのロンロンに「綾川」という讃岐うどんの専門店があるのです。 四、五日前にそこでうどんを食べたとき、ああこんなにおいしかったのかなあと思うほどおいしかった。 それでますますね、年が寄って爺になったせいかなとは思うんだけど、やはり自分は根っからの日本人だなあと思った。 いろいろな外国へ行ってみると、そこでのものの考え方や宗教が、その各地の自然環境によってずいぶん違うことを実感します。 それらそれぞれの違いを認めながら、それらを統合するような教えが玉光大神様の教えだと思うので、数年前、それを『存在と相互作用の論理』という論文に纏めました。 これは、龍樹の考え方、――龍樹は大乗仏教の基を創った、偉い坊さんですよね。 その龍樹の考え方と、キリスト教の考え方を統合する考えを書いたものです。 今伝わっているキリスト教では、・・・・・
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