Ⅰ.カルマが解けてきたしるし
権宮司様
宮司様ね、今年は大賞は子供が戴きました。
宮司様
君のところ。
権宮司様
はい。
宮司様
小名君は、今、研究所やお宮で、記録の仕事のほかに、一生懸命に私の面倒を見てくれている。地方の講演に行く途中も、いつも荷物を運びながら、側についていてくれる、この頃時々ふらふらっとなるから。 本当に私の手足のように動いてくれる。
それを神様がほめて下さったんじゃないかな。 それと、小名家にもいろんな問題がたくさんあったように思うが、そういうことに負けないで、二十年か二十五年位、ひたすら神様の方へ向いて、神様の教えを伝える私に、本当によくつとめてくれた。 それに対して神様が特賞を下さったのだと思う。 子供さんの、どっちに戴いたの、姉と妹の?
権宮司様
妹さんです。
宮司様
そう。 長女も妹も、たしか、小名君とのつながりが深かったように記憶しているから、小名君の代わりに特賞を戴いたのだと思いますね。 家のカルマの一つが解けてきたしるしですね。 ややこしい、いろいろ問題があったのがだんだん解けてきた。 それには、親の代からすると四、五十年かかってるわけです。 家のカルマがきれいになるということはほんとうに大変で、ひたすら神様の方へ向いて信仰を続けてそれでやっと解けるのです。
いつも言うことですが、これが解けないまま死ぬと、死んでからも苦しみ、さらにまた生まれ変わっても苦しむのです。 そのときには、今生でたとえば一苦しんだとしたら、生まれ変わったらその二倍も三倍も苦しむようになっちゃうのです。 それが今きれいになるということは、ほんとうに有難いことなのです。 「私はもう十年もお祈りしてるのになぜまだ解けないのだろう」と、皆さんの中には、そういうふうに思う人もあるかもしれないけど、何代か続いた家のカルマが、そんな簡単に解けるわけではないのです。 しかし信仰を続けて努力したおかげで一旦そのカルマが解けてしまうと、もうあとは続かないのです。 これからそのカルマによる苦しみが何百年も続くのと、今きれいになるのとでは、随分大きな違いなのですよ。 カルマが解けたら、もう、次にまた生まれ変わってくるとは限らないし。
カルマを解く上で大切なのは、お祈りだけでなく、人間は神様の愛によって生きているのだから、人にも自然に対してでもやさしく接して、人でも自然でも、みんなが助かるように思って付き合うというか、自分の仕事をすることが大事ですね。地主様のお社の横に、金柑の木が生えているでしょう。 金柑の根元に、もう一本、枯れて腐ったようになっている幹の根が今も残っています。 十年ぐらい前、ああいうふうに、枯れてポキポキ折れるようになっていた金柑の木の枝の一つを握って力を送って、「お代様が非常にかわいがっていられた木だから、生き返れよ」と言ったら、金柑の木の持ってる魂がそれに応えてくれたのです。それで私の力が入った。そしたら今いっぱい実がなってる、金柑の実がね。
木でもああいうふうに魂があるのですよ。だから大事にしないといけない。邪魔だから切ってしまえというのは人間の勝手なのです。 そういう勝手な人間が今非常に多いけれども、皆さんのように信仰を持ってる人は、 自然にも魂があって、
権宮司様
小名さん自身には、「超作」という題で、「あなたのこつこつ行なっていることはみんなの役に立ちます」という、そんなような福引を戴いたのです。 それでもう一人の娘さんには、「家族が仲良く」というような内容のを戴いたのです。
宮司様
それが今必要なんだよ。
権宮司様
あ、そうですか。
宮司様
やっぱり親の方に当てはまるのを戴いたのだと思う。 「みんなと仲良くしないとだめだよ」っていうことじゃないかな。
Ⅱ.年頭の御神言に思う
宮司様
先の世界大戦は、最終的には原子爆弾で終わったわけですが、今度原子爆弾の戦争になったら、長崎や広島の場合とは更に桁違いに大きな災害が起きますね。 そういうことが起きないようによくお祈りをしないと。 お正月のときの御神言の一つに、
『原爆テロが起きるかもしれない』
というような御神言がありましたから、神様によくお願いしないと、今みたいに恵まれた人間の生活がいっぺんに壊れるようにならないとも限らない。 そうならないためには、これからは霊的な成長というのが一番大事だということを、学問を通して、行を通して、それから科学的な研究を通して明らかになったことを通して、アメリカでも日本でも世界中の人にわかりやすく話をしたい。 それがこれからの私の役目だと思います。
それには、お宮がしっかりしていないといけないが、権宮司や泰子や斎官の人達が一生懸命やってくれるので、まあ安心をしています。 ほんとに有難い。
権宮司も、筑波大ではマスターまでは理学部、ドクターコースは東京工大の方に移ったわけです。 研究は、太陽の光を電気にかえるというフォトンの研究をずっとやっていた。 そういう点では専門家なんだよね。 本当はこのお宮へ勤めるよりは、どこかの研究所に勤めて、あるいは大学に残って研究を続けていれば、もっと楽だったのかもしれないと思うけれど。 お宮を継ぐ人は、学者だけではなかなか継げないんですよね、信仰が厚く、そして素直でないと。 それが、神様が一博にお宮を継がせるという御神言を下さったところだと思うのですが、はじめの十年位は、ちょうど私の若いときと同じように、お宮を継いでいけるだろうか、お宮の仕事よりは自分の専門知識を活かせるようなところで働けたらなあと、思ってたらしいんですよね。
ちょうど私が学者になりたい、もうこのお宮に縛られるんじゃかなわんと思って、お宮を出ようと思ったら、境内の杉の木、根元から三本の幹に分かれて生えていた杉の木の一本が風がないのにポキンと折れた。 今でも皆さんが見ればわかりますよ。
一博もそういうふうないろんな思いがあったようだけれども、その中でほんとにりっぱに行もするし、私の書いた本もよく読んで理解してくれる。理科の立場からも哲学の立場からも理解してくれているのは権宮司だなあと思うのです。アメリカの大学でも両方が出来る教授はなかなかいないので、これからはぜひ一緒に行って教えてもらいたいが、そうなるとまた忙しい。 しかし、それも役目で、するよりしようがないね。 頑張ってね。
権宮司から、話すことはないかね?
