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「本山博著作集」第五巻の読みどころ   宮司 本山一博

今月は第五巻の読みどころをお送りします。
この巻に収録されている著作は宮司(現名誉宮司)の60歳代前半の講演録、講義録、またはそのための準備原稿により構成されています。それまでに多角的になされていた思索が統合され、完成度の高い著作群になっています。

 カルマと再生

前著の『祈りと救い』では絶対から世界が生じる大きな世界観が示されましたが、本書では輪廻転生のプロセス、仕組みが大きな世界観の文脈の中で細かに語られます。また、カルマによる再生の仕組み、カルマが発現する仕組みがチャクラを軸にして語られ、霊的生理学の論理が宗教的行の文脈のみならず世界観と再生のプロセスの中に組み入れられていきます。そこで重要な役割を果たすのはやはりAMIによる電気生理学的な研究です。そしてカルマを超えるための宗教実践が語られ、それを空観で理論付けます。つまり本書以前の思想が総合的に関連付けられ統合されているのです。
また、それ以前の著作と比べると、伝統的な説に配慮しつつも宮司(現名誉宮司)自らの宗教体験と心霊相談、霊視に基づく知見が前面に出てきています。
本書ではさらにエジプトとチベットの『死者の書』の比較が行われています。

 呪術・オカルト・隠されて神秘

『カルマと再生』ではそれまでの宮司(現名誉宮司)の諸思想の統合の道筋が付けられながらも、まだ関連付けの弱いところもありました。本書はその点では『カルマと再生』を上回る非常に完成度の高い論考集になっています。宮司(現名誉宮司)の思想の特徴である精神とモノの世界観は宇宙の歴史観となり、宗教の進化の歴史観となります。そして宗教の目的は現世利益ではないこと、霊的成長であることが今まで以上に確固として語られ、いかなる宗教的行も行法は霊的成長という目的に沿わねばならず、その要は自己否定であることが明確に主張されます。

 「カルマと再生」「呪術・オカルト・隠された神秘」を貫くテーマ

これらの二つの著書を貫く、見落とすことのできないテーマがあります。それは宗教における教義の問題です。さらに言えば教義と宗教体験の問題です。宮司(現名誉宮司)は絶対の宗教はないと主張されますが、それは絶対の教義がないということでもあります。なぜそうなのか。つまりなぜ個々の教義は相対的なのかということがさまざまな角度から論じられます。

 チャクラの覚醒と解脱

宮司(現名誉宮司)が宗教的行としてのヨーガを語られるとき三つのモデルがありました。すなわち、宮司(現名誉宮司)独自の三段階のモデル、ヨーガスートラの綜制のモデルそしてハタヨーガの霊的生理学のモデル(チャクラ・クンダリニーモデル)です。本書以前では霊的生理学のモデルはなかなか前二者とは統合されませんでした。しかし、本書に至って題名の通りチャクラの覚醒と解脱の関係が語られます。『密教ヨーガ』では読み手よってはチャクラを覚醒しさえすればそれでよいというようなチャクラ至上主義的解釈に曲解される可能性も否めませんでした。それは自己否定を軸とする宮司(現名誉宮司)のモデル、綜制のモデルとの関連が弱かったからです。しかし、本書においてチャクラの覚醒と自己否定の関係が述べられ、宮司(現名誉宮司)の修道論の一つの到達点が示されています。それを可能にしているのが、精神とモノの相互作用による世界創造という宮司(現名誉宮司)の世界観なのです。

 第五巻より見えるもの

この第五巻の著作ではそれまで以上に超作の重要性が語られています。また、これらを読まれると『十五条の御神訓』の原型がそこに見えてくるでしょう。