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「本山博著作集」第九巻の読みどころ   宮司 本山一博

今月は第九巻の読みどころをお送りします。1996年から2004年までのもの5冊の著作が収録されています。宮司(現名誉宮司)の著作には講演録や講義録が多いのですが、本巻では4冊が書き下ろしです。それだけ内容は濃密です。最初の4冊では地球宗教に対する宮司様のイメージが固まっていき具体的な修道論に重点が置かれていく過程が見えますが、最後の『存在と相互作用の論理』では一転して哲学的な存在論へと回帰します。

 仮想から現実へ

1996年と1997年の講演録からなっています。コンピューター技術による仮想現実を論じながら一方では人間精神の特徴と仮想現実と類似性が高いアストラル世界の特徴を論じています。現代では顕界がアストラル世界に近づいているという時代認識が宮司(現名誉宮司)の地球宗教観を形成する下地になります。

 宗教とは何か

1998年の全編書下ろしです。本書は宮司(現名誉宮司)の立場から宗教の進化を中心的に論じ、そして地球社会のための地球宗教を論じたものです。本書は宗教進化についての宮司様の思想の一つの結論でしょう。本書で際立っているのは、全ての宗教は相対的なものであり絶対の宗教はないという、徹底した相対主義です。それは本書においてかつてなく強く主張されています。本書の論理の中心になっているのは、宮司様の創造観・世界観に組み込まれた民族神、地球神の論理、さらにその中に組み込まれた場所的個(聖者)の論理です。地球宗教を提示するために、まず宗教進化を神々の側から見たのだと言えるでしょう。

 良心が健康を作る

1999年から2000年にかけてのものです。本書において地球宗教のための理念が「カラーナの次元に目覚めよ」としてはっきりと語られます。それは良心に目覚めよとも魂に目覚めよとも語られます。宮司(現名誉宮司)にとってもともと宗教体験とは悟りの体験であり、それはカルマの世界からの解脱の体験であり、それはつまるところプルシャの次元の体験でした。しかし本書においては現代の人類に進化の段階はアストラルの次元にあるという認識のものとに、一人一人の信仰者、日常生活を送る人に対して、プルシャに至る前段階としてカラーナに目覚めることの必要性を説いたのです。それをこれからの地球宗教のための基本理念としたのです。

 人間はどこから来て どこへ行くのだろうか

2002年3月以前に書き下ろされたもののようです。第一章の序文においては「易しく書いたのがこの本である」と記されています。これだけは一般の人に伝えたいという内容になっていると思われます。易しく書こうとしたためか、自叙伝的な内容が他の著作に比べると多くなっています。本書第4章の後半では人間の意識、魂、瞑想、超作等について非常に鋭利な考察が一挙に記されていて、これが本書の価値を非常に高めています。現代を価値や意味、人生の目標が喪失した時代であると位置づけ、その原因は人間そのものが物質として扱われる心不在の社会になっているからだとします。人間の生きる目的は物を超えた自由な精神に目覚めるべく霊的進化することであると説きます。しかし宮司(現名誉宮司)の修道論は単に物を退けるだけではありません。一つの章を立てて、長年の気の研究の成果に基づいた人体論と健康のための体操が簡略に記され、気を整えることの重要性を説きます。宮司(現名誉宮司)の修道論の本質に身体性があることが分かります。最後は超作論で、超作もまた博士論文で示された「本山モデル」に基づいていることが分かります。

 存在と相互作用の論理

宮司(現名誉宮司)はここで存在論という非常に原理的本質的、哲学的な問題に取り組んでいます。極めて難解で、前著とはあまりにスタンスが違います。宮司様が本当に取り組みたかったことは、やはりこういう問題だったのではないかと思います。